もやだらブログ 〜毎日のもやもやをだらだらと〜

30歳前半のスマホ業界の人です。

起業という行為について

私はこれから起業をすると決めています。

 

ある程度事業内容も決め、一緒に走ろうとしている友人とビジネスプランの話を繰り返しているが、ある日お互い見ているゴールが微妙にずれていることに気づかされた。

 

「はじめにこういう事業をしよう。

その後はこういう方向に事業を成長させていきたい。」

この「こういう風に事業を成長させていこう」の部分がどうも合わない。

 

まだ事業を始めてもいないから、漠然とした希望がさまざまな世界を想像させて落とし所がずれた。

 

そこで気がついた。

 

「結局自分はなんで起業してまでこのサービスをやりたいのか?」

 

ビジョンがふわっとしていたのだ。

 

もちろん自分なりに勝算があるのはもちろんだが、それだけではない。

 

それについて考えを巡らせた。

 

たどり着いたのは、自分の奥さんの笑顔が見たくて、そんな世界を作ってやるって気持ちだった。

 

起業は自分なりの表現方法でありラブレターだったのだ。

 

なんて独善的な考え方なんだろう。

でも起業って本当はとても「独善的な行為」なのではないだろうか。

 

自分の作りたい世界をこのままだと誰も作らない。だから自分が作る。

自分が社会に合わせるのではなく、社会を自分に合わせる。

そうじゃないとモヤモヤする。

モヤモヤを解消するために起業という行為で表現する。

 

作りたい世界を叫び続ける。

それを人は「ビジョン」と呼ぶのかもしれない。

 

「こんな世界を作りたいからこーゆーのを作りたい!」

 

ビジョンを叫び続けると共感者が現れる。

初めは共感者だっただけなのに自然に巻き込まれていく。

起業家は共感してくれる人を巻き込んで自分の作りたい世界作りに共犯者を作る。

 

そして会社は作り上げられていく。

 

ともすれば独善的な行為だが、

でもそれでいいんだなって思った。

 

チームメンバー全員が同じ理由でこの事業に携わってくれるなんてことはない。

 

なんとなく世界観に共感して、どっかで自分の中の深い部分で共鳴して、自分なりのストーリーとシンクロするとこに気づいて「この事業をやってみよう」と決断する。

 

結局みんなそれぞれのストーリーの中で意思決定をしている。

 

もしくは起業家のストーリーに巻き込まれてみたいと思って意思決定する人もいるだろう。

 

人それぞれ。

 

でもおおもとのビジョンに共感して参加してくれるならそれは起業家にとってうれしいことだよね。

 

心からの共犯者を作り続けよう。

 

社会を自分に合わせるんだ。